やっしーの休憩室
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本能という言葉が、あります。
判断を伴わず、環境の刺激によって引き起こされる遺伝的で、変更がきかない個体の複雑な反応だと言われます。
大きく分けると、本能は、2つに大別されます。
「母性本能
」と「闘争本能」です。
「母性本能」は女性原理で、仲間を助けたいと思う本能です。
統合や、調和、平和を求めます。
「闘争本能」は男性原理で、
敵を倒したいと思う本能です。
分裂や、独立、戦争を求めます。
どちらも、生命を守る為に必要なものですが、今回は、「母性本能」についてお話をしたいと思います。
私は、キリスト教が「母性本能」の代表的な宗教だと思います。
処女で懐妊したマリア様が、産んだのがキリストでした。
一切の男性原理を含まないで、
誕生したという意味にとれます。
当然、争いを好みません。
右の頬を打たれたら、左の頬をさし出します。
自分の敵でさえも許します。
この宗教が、何故、これほどまでに発展し、世界中に広がっていったか、理由は一つだと思います。
人間が望んでいる「母性本能」と一致したからです。
人間は、誰しも母親から生まれます。
自分の母親が大嫌いだという人は、限られた少数だと思います。
母親の愛を受けて、憎しみで返す人は、いないでしょう。
人間にそなわっている、絶対に切り離せない「母性本能」(無償の愛)と、
この宗教は一致したから、共感を生んだのだと思います。
4世紀に、キリスト教は、
ローマ帝国の国教となり、男性原理の権力と結び付けられました。
中世に入ると、
イスラム教徒により聖地パレスティナが占領され、その奪還のため十字軍が幾度となく派兵されました。
新約聖書の解釈をめぐって、戦争が正当化されました。
私は、キリストが殺人を望んでいたとは、到底、思えないので、人間が生まれつき持っている「闘争本能」という男性原理
がこれらの原因で、キリストの教えとは反対の方向に進んだものだと思います。
それから、この当時、世界中で、女神信仰が盛んでした。
女神信仰も、また、
キリスト教と同じ、「母性本能」と結びついた信仰だと思います。
男性原理が結びついたキリスト教では、キリスト以外の神を悪魔と呼びました。
多分、一番苦労をしたのが、この女神信仰なんじゃないかと思います
。
いくら、悪魔と呼んでも、「母性本能」はなくなりません。
中世末期から近代にかけて、ヨーロッパや北アメリカにおいてみられた魔女や魔術行為に対する追及と、裁判から刑罰にいたる一連の行為のことを、「魔女狩り」と呼びます
。
いろいろな説がありますが、私は、キリスト教を信仰する人達の中にも、ヨーロッパに古代から伝わっていた女神を信仰する人達がいて、その人達を、権力者や教会関係者が弾圧することが目的で行われたのではないかと思っています。
キリスト教の教皇は、1258年と1320年に、「魔女追放」の教書を出し、1431年には、天使ミカエルの声を聞いたとされるジャンヌ・ダルクも魔女として火刑にされました。
火刑は中世ヨーロッパのキリスト教的世界において、処刑される者にとっても、最も苛烈な刑罰で、点火されるまでのジャンヌは「神様、神様」と泣き叫んでいましたが、火の勢いが強くなると「全てを委ねます」といって無反応になったと記録されています。
炎の中、ジャンヌが高温と煙で窒息死すると、一旦は火から遠ざけて、今度は、群集に向けて裸にして、ジャンヌが聖女ではなく、ただの女性に過ぎないと示したと言われています。
ジャンヌは死してなお、裸にされるという女性としての屈辱も受けたのです。
その後約4時間をかけて燃やされたジャンヌの亡骸の灰は、セーヌ川に流されました。
このように灰さえも残さず決して土に返さないという遺体の取り扱いにおいても、ジャンヌが受けた取り扱いは当時としては最も苛烈なものでした。
しかし、その後も彼女の人気は絶えず、
結局、彼女は、1909年4月18日にローマ教皇ピウス10世によって列福され、次いで1920年5月16日にベネディクトゥス15世によって列聖され、カトリックの聖人となりました。
魔女狩りによって処刑された人の数は、約4万人とも言われています。
この時点で、争わないというキリスト教の教えとは、全然違う宗教になってしまっています。
この女神信仰の女神は、旧約聖書に登場する、ガブリエルという天使と同じ神様です。
もともと、ユダヤ教が、異教の神様を取り込むのに、天に使えるもの「天使」という名前を作ったのだろうと思われます。
一神教では、神様は一人なので、神様ではないが、それに次ぐものだということです。
結局、この女神信仰は、名前を変えてマリア様と共に、カトリックで信仰されていく形となります。
ヨーロッパでは、長くカトリックが
支配する社会が続きましたが、フランスで、闇夜を光で照らすという意味の啓蒙思想が広がり、フランス革命が起こりました。
キリスト教と権力が切り離され、貴族が倒れ、民主主義が始まりました。
そして、これに続けと、アメリカの独立戦争が起こり、アメリカ合衆国も誕生しました。
フランスのパリにある共和国広場には、自由の女神マリアンヌ像が建てられ、
アメリカ合衆国のニューヨーク州にも自由の女神像が建てられました。
どちらも「母性本能」を象徴する女神の像です。
日本でも、天皇のご先祖さまであるアマテラスという神
様は女性です。
「母性本能」(女性原理)の神様で、争いを好みません。
その弟のスサノオという神様は男性です。
「闘争本能」(男性原理)の神様で、争いを好みます。
日本は、長い間、天皇が統治する国でしたが、男性原理の血、スサノオの血を受け継いだ武士政権というものが生まれます。
源頼朝が開いた鎌倉幕府から続いて、徳川幕府までです。
戦国時代で、争いに明け暮れます。
しかし、中国がイギリスの植民地になったことを知り、ペリーの黒船がやって来たことなどから、武士達自身が、西洋諸国の植民地になることを恐れて、幕府から天皇へと、政権を取り戻す革命を起こして、権力を握り、
日本を軍国化し、太平洋戦争へと突き進んでいきます。
敗戦後、日本は、アメリカが作った日本国憲法によって、天皇は象徴として、政治と切り離され、民主主義の国になります。
こうやって見ると、
フランスの場合は、虐げられた市民が革命を起こし、日本の場合は、支配者層である武士が、革命を起こしたという違いはあるものの、
どちらの歴史も、辿り着いた所は、とてもよく似ているように感じます。